15アマデウス弦楽四重奏団の想い出

アマデウスSQが結成35周年を迎える1983年に向けて、ドイツ・グラモフォンからベートーヴェン後期弦楽四重奏曲集が記念盤としてLPレコードでリリースされた。
これらの演奏は、その時期のアマデウスSQの充実した演奏ぶりを知る上で、とても貴重なものだと思っている。
収録曲は弦楽四重奏曲の作品127、130、131、132、135、大フーガで、どれも素晴らしく聴いた瞬間、すぐさま魅了された。
(このLPレコードは、ながらくCD化されなかったが、アマデウスSQ結成70周年を記念した70枚のCDボックスで、ようやく陽の目をみた)

作品131嬰ハ短調は、ブライニン氏の見事なヴァイオリンが延々と奏でられていくもので、聴きごたえのあるものだった。
ブライニン氏と顔を合わせたとき、その素晴らしい演奏への思いを伝えたが、ブライニン氏は「もし許されるなら」と前置きしながら「例え、この世の全ての弦楽四重奏曲が消え失せようとも、作品131は残るだろう」と語った。

ロヴェット氏からは、1960年代に収録された旧盤と、この新盤についての感想を求められたが答えるのは控えた。しかし今にして思えば、自分の意見はしっかり述べるべきだったと思っている。
発言を控えるのは日本では美徳だが、彼らのような巨匠の前で自分の意見をしっかり述べることが出来なければ、何の考えも持たない愚か者とされてしまうからだ。
但し、自分の意見や考えは個人的なものであり、真理のように語ってはならないとも教わった。

アマデウスSQが結成35周年を迎える1983年1月に、ロヴェット氏と初めて共演した。
演奏終了後の楽屋で、ロヴェット氏から「イントネーションについて勉強するように」と言われたが、自分でもそのように感じられた。

音程は、pitch と日本ではいうが、ドイツ語も英語でも intonation という言葉が使われた。
最初の頃は音程をイントネーション(イントナツィオーン)と呼ぶには違和感を覚えたが、今ではむしろ intonation だと思うようになった。
国ごとによってイントネーションが異なる(ように感じる)が、アマデウスSQの前では、殊に神経を使わなければならなかった。

この intonation は、ピアノの音程とは異なるものだが、ピアニストにもイントネーションの良し悪しがあるように感じる。

ロヴェット氏から「一緒にやろう、ピアニストは君に任せる」と言われた。そこには深い意味があるのは間違いないが、とにかく、ピアノを誰にお願いするかは僕の責任となった。
そこでピアニストの白澤暁子さんを提案したが、ロヴェット氏は事あるごとに「Akiko Shirasawa は gut(良い)か?」と尋ねるようになった。
後で聞いた話だが、ロヴェット氏は白澤さんの演奏を聴いたことがなく、かなり心配していたという。
いざ三人での練習が始まると、ロヴェット氏からたいそう褒められた。
僕が、どの様なピアニストを連れてくるか試されていたのは承知していたが、評価を落とすことなく済ませられ胸をなでおろした。

ドイツ・グラモフォンのレコードでは、エッシェンバッハとギレリスだが、バックハウスとの演奏会でのエピソードを聞いたことがあるし、その他にもハンゼン、カーゾン、ルプー、ペライア、カニーノなど、錚々たるピアニストたちとアマデウスSQが共演したことを知っている。
したがって、ピアニストに限らず、演奏家の評価は世間のものではなく、彼ら自身にゆだねなければならなかった。

白澤さんとの初練習を終えた後で、「クラリネットの intonation がとても良い」とロヴェット氏から褒められた。
僕が「貴方から intonation の勉強をするようにと言われたから」と答えると、彼は遠くを見つめながら「私の言ったことを忠実に、、、」と嬉しそうに呟いた。